アマヤドリ本公演『月の剥がれる』出演者紹介!  
鳴海 由莉 福島県出身
2012年より東京の小劇場界に進出。
フリーとしての活動を経て、2013年よりブルドッキングヘッドロックに参加。
現在も劇団員として活動中。
二つ名はシャニム。
近年の出演作は、MU『少年は銃を抱く』、
ぬいぐるみハンタープロデュース『すべての犬は天国へ行く』、
ブルドッキングヘッドロック『スケベの話~オトナのおもちゃ編~』。

─『月の剥がれる』という作品についての鳴海さんの考えをお聞かせください。 

 『月の剥がれる』がどういう作品なのか、たぶん、自分が初演をやっているときには分かってなかったと思います。今は少し時間が空いて客観視できるようになったというのもあるんですけど、当時の精神状態は、ちょっと普通じゃなくて、劇中のサンゲという団体についても、自分の役についても距離をおいて見ることができてませんでした。

 死ぬことによって世界を変えようとするっていう、極端な目的で結び付いているのがサンゲという団体なんですけど、当時、実はわたしはサンゲっていうコミュニティをうらやましいと思ってたかもしれないです。初演時のお客さんの感想で「広田さんはカルト・コミュニティを描こうとしたんだね」って言われて、たしかにそうかなって思いもしたんですけど、そもそも目的は何でもよくて、一緒に仲間としてやっている感じ、共有する時間の長さ、一緒にキャンプとかしちゃうような集団のあり方への憧れっていうのを、サンゲに対して強く感じていました。わたし自身は昔から集団行動っていうのがそんなに得意なたちではないんですが、そういうふうに、仲間内で同じ時間と目的を共有するみたいなことが、人生の幸福にとっては必要じゃないかなとも思っていて……。

 とくに、当時はわたしはまだ劇団にも入っていなかったので、アマヤドリ(ひょっとこ乱舞)という団体に対しての憧れがすごくあったんですよ。どうしてもアマヤドリに入りたくて入りたくて、毎回オーディション受けに行って、わたしはたまたま運良く何作品か出させてもらえたんですが、そのアマヤドリへの憧れを、サンゲっていう団体にも投影していたんだと思います。初演のときには。

 もっと言えば、サンゲの、命を掛けてヤバいことやってるという感じも、敬遠するんじゃなくて、当時は全然共感できるなって思ってましたね。命を捨ててもかまわないというほどのコミュニティの結束感に、自分も馴染みたいと思っていた。というか、当時はほんとにこの公演が終ったら死んでもいいくらいには思っていたかもしれないです。それくらい追いつめられていたのかもしれないですけど。

 それで、わたしのそういう感じを、広田さんも観察されてたかもしれない。わたしが演じた赤羽叶という役は、サンゲのメンバーのなかでも遅れてメンバーになる娘じゃないですか、その、しばらくメンバーにさせてもらえなくて、旗揚げメンバーのあいだではもう絆が出来上がっているところに新参者として参加するっていう感じ、旗揚げメンバーの信頼関係に入り込めなくてそれをうらやましいって思ってる感じが……もしかしたら、わたしに対する当て書きだったのかもしれない。わたしの役は役自体が途中で書き換わっているんですが、やっぱり、その前の役より赤羽叶の方がしっくり来ると感じてました。

 今回の再演は……完全にリベンジですね。自分が出た作品が再演するってなったときに、自分がかかわれないのは寂しいなって思うんです。それは『うれしい悲鳴』の再演のときにすごく思いました。個人的な思い入れになっちゃいますけど──この作品、『月の剥がれる』をもう一度やるというタイミングまで演劇をつづけていてよかったなって感じています。


★アマヤドリ本公演『月の剥がれる』ご予約はこちらから