アマヤドリ本公演『月の剥がれる』出演者紹介!  

池田 優香 北海道出身 1996年生まれ

7歳から、劇団ひまわり札幌俳優養成所に所属。大学進学を機に、上京。
現在、フリー。
麦のもの(特にパン!)が大好きです。

主な出演作は、札幌座「デイヴィッド・コパフィールド」、WATER33-39「友達」、
ままごと×パルテノン多摩「あたらしい憲法のはなし」


─『月の剥がれる』という作品についての池田さんの考えをお聞かせください。

 アマヤドリの作品は今まで『すばらしい日だ金がいる』と『ロクな死にかた』の二つを観ていて、根底に流れているものは重たいけれど、それをポップな感じで舞台にのせているというイメージでした。でも『月の剥がれる』は、台本を読むと、ストレートな台詞をがんがん畳み掛けたり、一方で詩みたいな台詞もあったりで、作風として「アマヤドリにはこういう作品もあるんだ」っていう意外さがまずありました。

 でも、今感じているこの作品の難しさっていうのは、作風が意外だったからというよりは、そもそもこの作品が扱っている題材をあたしがどこまで考えられるのか……どこまで理解できるのか……という難しさです。たとえば今のSEALDsみたいな感じで、もし「サンゲ」みたいな団体が出て来たとしても、あたしは絶対に参加しないだろうなって思います。最近、すごく考えてみたんですけれど……広田さんがこの作品を書くきっかけになったチベット問題だったら、もう日常生活でかなり自由を犯されていて、政治的な脅威が身に迫っているからこそ、チベットの人たちが焼身自殺してまで政治を変えたいっていうのは、納得できる気がするんです。でもサンゲのメンバーの人たちは、それなりの生活をしていて、それなりに幸せに生きていけたわけじゃないですか。そういう人たちが、政治を変えるために命を捨てるほどの行動を起こしてしまうのは、ちょっと動機が見えづらいなって感じます。たとえば但馬っていう登場人物であれば、のんべんだらりとした人生をつづけるんじゃなくて、何か劇的な行動を起こしたいっていう動機はたしかにあったんだろうけれど、その行動って、べつに政治じゃなくてもいいじゃん?って思うんです。

 サンゲのメンバーたちがとくに生活に困っていたわけでもないのに、なんで命を捨てるほどの政治的行為に走っていったのか……みたいなことは、最近よく考えています。この作品が扱っているテーマをどこまであたしが受け止められるだろうか、ということを。

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