アマヤドリ本公演『月の剥がれる』出演者紹介!  
西村 蒼 東京都出身 
現在東京大学4年。
大学に入りまだ勉強競争があることに絶望しているうち、小演劇の魅力に取り憑かれて今に至る。 
主な出演作は、Theatre MERCURY「毒、ふわりと。」
劇団ダブルデック「ゴールデン×ウィッグ」など。

─『月の剥がれる』という作品についての西村さんの考えをお聞かせください。

 まず劇中の「サンゲ」という団体のロジックがすごいなということ。もう一つは、未来の「先生」という立場の登場人物が出てくること。それが戯曲『月の剥がれる』の非常に興味深いところだと思っています。

 とくに「先生」の存在ですね。たとえば戦争のような、すさまじい出来事の前後を生きて、歴史の転換点をまさに目撃してしまうということは、実際起こりうることだと思うんです。われわれの国でも、先の第二次世界大戦を経て国家の体制がまったく変わってしまったことを目撃した人が、今八十代ぐらいの世代の方でいますよね。そのなかでも建築家の磯崎新さんなどは、自分たちの世代が歴史家としては最後の世代なのではないか、自分たちが目撃した以上の変化はもうこれ以上起らないのではないか、というような発言をしていたと記憶しています。そして、「先生」もそういう歴史の目撃者として位置づけられる人物なのではないか。

 サンゲという団体の起こした「大抗議」というすさまじいイベント──たぶん「先生」は、物語中その前後を経験している唯一の人物なのだと思う。最年長者として、時系列的に言っても、「先生」は過去のサンゲの物語のパートと未来の学校のパートにまたがっている唯一の人間であるように見える。おそらく彼女は、サンゲがリアルタイムで活動していたのも目撃し、「大抗議」以降に世相がまったく変わってしまったことも経験している。その上で、教師として若い世代に「怒りはよくないですよ」って教えていくことの内面には、なにかとんでもない屈託がありそうな気がするんですよ。そこに特殊性というか、あの人物の重要性があるんじゃないか。

 広田さんは、「怒ること」を人に教えなきゃならない、「怒ること」を実践するワークショップをやりたいくらいだ、ということを以前ツイッターでおっしゃってましたよね。僕の勝手な解釈ですが、広田さんの問題意識として、現状の日本では「怒り」が失われているんじゃないか、希薄になっているんじゃないかっていう認識があると思うんです。とりわけ戦後の日本において。だから『月の剥がれる』で、教師が「怒りはよくない」って教えている未来っていうのは、戦後日本の寓話なのかなって。そしてサンゲの「大抗議」は日本が経験した先の大戦に重ねられているのかなと。僕は単純にそういう作品なのかなって受け取りました。物語がわざわざ二つのパートに分かれている理由を考えてみても。

 戯曲全体では、どちらかといえばサンゲにたずさわったひとびとの物語がメインに置かれているんですが、物語の構造においては、サンゲが、何かの出来事が歴史化していく様相を描いているのだろうと思うんです。「先生」を蝶番に、やっぱり歴史の転換点を通過した前後の描写として考えると、面白い。リアルだと感じます。サンゲの大抗議を生まで目撃しているはずなのに、サンゲとは無関係ですよっていう顔をして批評するスタイルの人間がいたり、自分が生まれる前の出来事なんて知らねーしっていう態度の世代がいたり、とか。そういうことって絶対あるよなって思うので。

 サンゲの物語の部分に着目するだけでは、十分面白さを汲み尽くせない作品だと思っています。
 
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