アマヤドリ本公演『月の剥がれる』出演者紹介!  
宮崎 雄真  東京都出身 1978年生まれ
大学卒業後、長らく小劇場を回遊。
最近は立ち食い蕎麦と映画に興味がある。
アマヤドリには2013年『うれしい悲鳴』(再演)から参加。
現在はアマヤドリの準劇団員、遅れて来た新人。
主な出演作は、オーストラ・マコンドー『 素晴らしき哉、人生』、
こゆび侍『うつくしい世界』、キ上の空論『空想、甚だ濃いめのブルー』
映画『ケンとカズ』(東京国際映画祭作品賞受賞)など。

─『月の剥がれる』という作品についての宮崎さんの考えをお聞かせください。 

 怖い作品だな、って思っています。これ結構マジです(笑)。今回どの役になるにしても、自分は出る側の人間だから、この作品の中身にあるものを台詞として喋るということをしなければならない、それが怖いなって、ちょっと思っていて。

   これは、単純なエンターテイメント作品ではないですよね。俺の思想というか、戦争に対する考え方や命に関する考え方っていうのをさらに越えたところにこの戯曲はあって、そこに到達しなければならないのも怖いし、そこに行って、戯曲のなかの強烈な言葉を自分のものとして発言しなければならないというのも、怖い。おそらく、自分の住んでいる世界と戯曲に出てくる世界観が遠すぎて、異物感を感じてしまっているのかな。でも、そこに到達しなきゃいけないんだけど。それにこの「怖さ」に慣れてしまっても駄目で、演じる上ではこの「怖いな」って感覚をつなげていなかければならないですよね。それもまた多分に「怖い」と感じているのかもしれない。

   もちろん、すごく大事なことを言っている作品だと思います。こういう作品をやらなくちゃいけないんじゃないかなとも思うんですよ。今このときに。この作品は、台詞としては直接現実の世界に言及してるわけじゃないんですけど、具体的な事件がどうのこうのっていう作品じゃないですけど、たとえば劇中のセリフから、気付く人なら気付くような形で、ぎりぎりの問題意識が示されている。

 余談ですが、最近でも北朝鮮のテポドンが秋田県沖250キロのところに落ちたという事件があったじゃないですか。それが150キロだったら、50キロだったら、どうなっていたか。それってもう戦争じゃないのか。そういうことを考えると、この戯曲で書かれていることはフィクションじゃ済まねーなと感じます。時代が時代だったらこれは厳しい検閲を受けて到底上演できない作品なんじゃないかな、と思ったりもしますね。

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