アマヤドリ 稽古場ブログ

東京を拠点にするアマヤドリの劇団員・出演者によるブログです!

March 2014

□□アマヤドリ ロングラン公演
『ぬれぎぬ』出演者対談□□
劇団員同士、いろいろ語ってもらいましたっ!
今回は……【榊菜津美×松下仁×糸山和則】
※ちょっと長いですが、どうぞお楽しみください……っ
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呑み仲間 

――この3人は呑み仲間的なイメージがあって今回この組み合わせにしたんです。

糸山:飲み仲間……?

榊:飲んだことありましたっけ?3人で?

糸山:ない。

榊:()

糸山:あ、違う違う。あるある。王子の公演のときに、ほら!

松下:ああー。

榊:あったあった!

糸山:懐かしくないすか。

松下:懐かしいねぇ。

糸山:『フリル』のあとですね。

榊:佐藤佐吉演劇祭の授賞式の後に、3人で呑んだんですよー。公園で。

松下:めっちゃミニスカートだったよね。

榊:()

 

―――『フリル』のときはなっちゃん()は劇団員じゃなかったんですよね。劇団員になってもうすぐ1年たちますが、何か変化はありますか?

榊:どうだろう…。いやあ……。「なんのためにやってるのか」すごく考えるようになりましたね。劇団員になる前は、自分のためにやってたんですけど、劇団に入ってからは劇団の看板を背負ってるんだな、ということを意識するようになりましたね。
 

―――先輩ふたりから見て、劇団員になってからのなっちゃんに何か変化を感じますか?
松下:いや、変わらないなぁ。

榊:()

糸山:旅公演(1)のときからずっと劇団員みたいなもんだったからねぇ……。

松下:あ、でも、昨日の稽古で、えみちー(演出助手)がみんなに対して意見を言う声が小さくて、その時になっちゃんが横から「ちゃんと声張って!」って言ってて。ああ、ちゃんと先輩してんなぁーって思いましたね。

糸山:あー、言ってた言ってた。

榊:ええ、そんな怖い感じでしたか?

糸山:いや怖くはないよ。

榊:冗談っぽくなかったですか?

松下:いや、冗談にはなってなかった()

糸山:()
 

※1
2012年アマヤドリへと改名後、『幸せはいつも小さくて東京はそれよりも小さい』を全国4都市で上演。当時まだ劇団員ではない榊菜津美も出演している。

 

自分の芝居に飽きてる 
 

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松下:最近ね、『太陽とサヨナラ』の頃からね、自分の芝居に飽きてるの。ずーっと漠然と悩んでたんだけど、「飽きてんなぁ」って。それで行きついた答えとしては、単純なことなんだけど、「あ、俺は、守ってるんだなぁ」って。自分をね。「恥をかきたくない」みたいなことになってんだろうなぁってね、思ったんだよね。

糸山:へぇ。

松下:なんかねぇ……。曝け出したいよね。感情に溺れたい。

糸山:感情に溺れたい?

松下:うん、狂いたい。本番中は狂ってて、日常生活は半狂いで生活したい。

榊:あはは。

松下:人の目を気にして生きすぎてるんだよね、僕は。だから恥をかかないように、かっこ悪いところを見せないように、自分を守ってる。バカな自分、心の弱い自分、泣き虫な自分っていうのを守ってるんだろうなぁと。そうそう、多分、そうなんだよ。あのねぇ、本番とかね、緊張してしょうがないのね。(緊張することに対して)「俺はなにをやっとるんや」と。「自分でやりたくて芝居しとるんじゃないのか」と。「何を緊張しとるんや」と。「バカか」と。

榊:そんなに…()

松下:それで、前回の競泳水着に出た時(2)に、ちょっと吹っ切れたところがあって。だから守らないってことをね、意識してやっていけたらなぁ、と。

糸山:え、感情に溺れていたいっていうのはどういう…?

松下:うーん、演技に溺れてたいよね。

糸山:他のことは気にしない、ってことですか?

松下:うん。

榊:それって、切り替えがなくって疲れちゃわないんですか?

松下:わかんない。だってそれは……まぁ大概多分、狂えないよね。そう簡単には。

榊:あぁ…。

松下:だからそうなれたらな、って。それで、そういうことを最近考えていてね、(競泳水着の)本番中に広田さんにすごい長文のメールを送ったの。「悩んでるんだぁー」って。

糸山:へぇ。

松下:そしたら倍の長さの返事が返ってきて(笑)まあいろんなことが書いてあったんだけど、最終的には「そういう風に考えるお前を応援するぜ俺は」というようなことが書いてあってね。

糸山・榊:はぁー…。 

※2 20142月、劇団競泳水着の公演『許して欲しいの』(俳優バージョン)に松下が出演。


本当に声が届く人は胸倉を掴むような感じがあって。

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糸山:僕もこの間ITI(※3)のあとに電話しましたね。なんだっけなぁ……多分そのとき酔っぱらってて、なんか用事があったから電話したんですね、そしたらそのままITIの公演の話になって。「僕は今回こういうことを課題にしてやりました」っていうことを言ったら、「ああ、あそこはこうだったねぇああだったねぇ」みたいなことをお話ししましたね。そうそう、強い声をちゃんと出せるようになりたいっていう課題があって。役も怒ってるような役だったっていうのもあって。稽古場では割と良かったんだけど、本番に入っていざお客さんを目の前にしたら「ビビったな」ってことを言われて。どうしても無意識に目の前に人がいると、声ごと触れないように引き返しちゃうというか、そういう部分が、精神性としてあるみたいなんですよね。 

榊:へぇー。

糸山:今回の公演でも「強い声」っていうのが課題なんですけど、ほんとに声を、ぶち当てる。音量的に大きな声の人は結構沢山いるんだけど、ちゃんと捉えているというか、ちゃんと相手に届いている声って本当に難しくて。ダイマンさん(倉田大輔さん)とかね、やっぱり凄いなと思いますよね。本当に声が届く人は、虚勢を張ってなくても、音量が小さくても、胸倉をつかむような感じがあって。そのあたり、僕は本当にチキンなんですよね。
 

――まっつんさん(松下)も入りたての頃は声が出なかったりしたんですか?
 
松下:僕はねぇ、声が出ないとかじゃなくて、芝居が下手だった。

糸山・榊:(笑)

松下:「小賢しい」ってよく言われて。小賢しいことばっかりやってたんだよね多分。

糸山:ただ僕、『幸せはいつも小さくて東京はそれよりも大きい』の時に見城(※4)やったじゃないですか。その時に広田さんに、「松下は声張ってないけどちゃんと届くだろ」って言われて。

松下:そうかぁ……。多分僕はね、言われてきたことを素直にやり続けてきただけなんだよな。「目の前の人に言え。」って。そういうことを素直に受け入れてきて、徐々に徐々に、ね……。「これだ!」と思ってはゼロにして。その繰り返し。

榊:ゼロにするのって怖くないんですか? 自分が今まで積み重ねてきたものもあるじゃないですか。

松下:うーん……。ただ、「こうだな」とか思ってやっても「違う」ってダメだしされ、役は貰えず、周りには確かに上手いなぁと思う人が沢山いてさ。落ちこぼれだったからね。素直に聞くしかなかったよね。
 

※3 
201312月、ITI(国際演劇協会日本センター)主催のリーディング公演にてカテブ・ヤシン作『包囲された屍体』の演出を広田が担当。劇団員では糸山・稲垣・小角が出演。
 

※4 
2009年初演『モンキー・チョップ・ブルックナー!!』を書きかえて再演したのが『幸せはいつも小さくて東京はそれよりも大きい』。初演で松下が務めた見城という役を再演では糸山が務めている。

 

「ちゃんと変っていってるのかなぁ」と怖くなることはありますよね。

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榊:私、「(自分が)ちゃんと変わっていってるのかなぁ」と怖くなることはありますよね。アマヤドリのオーディションを受けに来る人たちを見て、私がこの人たちに比べて何か優れているとしたら、“一緒にやってきた経験の長さ”しかないんじゃないかなぁって思ったり。

松下:そういう悩み、くるよねー。

榊:あはは、先輩(笑)

松下:僕なんかそういうことずーっと思ってたもん。それで広田さんにもすげーメールして。

糸山:またメール(笑)

松下:「みんなの方がうまいじゃないですか!」って。「なんで僕が劇団員なんですか」って。そしたら最終的に、ほんっと怒られて(笑)「うるせぇ、お前が良いからいいんだー!」って。

榊:愛しかないじゃないですか(笑)

 

―――『ぬれぎぬ』、どんな作品にしたいですか?

糸山:アマヤドリって、劇団員ひとりひとりが考えてることとか興味を持ってることが結構ばらばらで。なんというか……“お芝居について語る言葉”が意外とおのおのちがうなぁ、と思うんですよね。だけどそれが、カンパニーとして良いことだと思うんですよ。みんなで同じことにしか興味がないっていうよりも。それぞれがそれぞれの興味が趣くままにいて、それでいて、ひとつのまとまりある作品を創る、みたいなことができたらなぁと思いますね。

松下:装置もない。音響もない。だから、美しい状態が訪れるんじゃないだろうかと。

榊:……え?

松下:いや、今回「悪と自由」とか言ってるけど、なんかね、ひとりの人が立ってて、美しい静けさが訪れるんじゃないかなと。そう思うよね。

糸山:でもまぁ音なし装置なし、劇団員だけ、一ヶ月だもんなぁ。

榊:うわ、やば!どうなるんだろう…。

糸山:普遍的な作品になるといいなあ。耐久性のある作品というか。一ヶ月もあるしね。

榊:どうやったら観る度によくなるんですかね。全部で29ステージあるから、簡単に腐っちゃいそうじゃないですか。新鮮さを保つのも難しいし。だから、見る度に良くなるにはどうやったらいいのかなぁ、って。……なんか、全ステージ観てもらいたいですね。見逃さないでほしい。

糸山:フリーパスもあるしね(笑)

榊:(笑)

◆◆アマヤドリ ロングラン公演『ぬれぎぬ』のご予約はこちら!◆◆


どーも、笠井里美でーす。
ぬれぎぬ、いよいよ劇場入りしましたー!
劇団員のみで、渋い感じに仕上がってます。
あとは役者一人一人の追い込みにかかってるかなと。
しかし、今回の台本はグイグイ見てる人を引き込む強い力があります。
いやはや、役者が追いつかないですね。
頑張らねば。
早くお客さんに観てもらいたいです。

しかし、今日は仕込み日で、そんな役者達、いやいや、今日は劇団員の顔でしたね、みんな役者業は一旦さて置き、各々作業に追われていました。
そして、3月27日は我らが誇るアマヤドリ1の無口、松下仁の誕生日だったのです。

アマヤドリでは割と劇団員同士で誕生日を祝ったり、サプライズで驚かせたりする習慣があります。
しかし、彼はこの8年間、中々タイミングが合わず、一度も祝ってもらってません!
実は私と松下は同期なのですが、祝われてる姿をみたことがありません(笑)

それが、今日、ひょっとこ乱舞時代も含めて初めて劇団員にお祝いしてもらってましたっ!
よかったね!

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何をしたかといいますと、
松下一人に内緒でサプライズ台本を密かに配り、ちょっとした小芝居をしましたのです。

シナリオは
私笠井が妊娠して、出産するためにぬれぎぬの後の5月公演を最後に芝居をやめますと発表するところから始まります。
相手はみんな知ってる某演出家さん。
広田は動揺し、その場をはなれ、空気は最悪に。そこで、糸山が、なぜこのタイミングで言うか、とキレる、キレた糸山に渡邉が更にキレる。
掴み合いになりそうなところで、先ほど退出した広田が松下の好物の酒を持ってハッピーバースデーを歌いながら戻ってくるといった、まぁ、良くあるドッキリです。

しかしながら、ドッキリって、本人にばれてないからドッキリなのですが、我々の詰めの甘さといいますか、始まる前からばれてたのです。
どうやらこっそり打ち合わせしているところを聞かれてたみたいで。
しょっぱなから気付いていた松下さんは笑いを堪えながら最後まで見ててくれました。
こんな恥ずかしいことはありませんね。

しかし、このドッキリの本当のターゲットは別にいました!
事情を知らずにお手伝いに来てくださっていた、音響の角張さんです。
私たちも角張さんにはお知らせするタイミングを図り損ねて、蓋を開けてみたら角張さんへのサプライズになっていました。
いやぁ、あの反応は素晴らしかったです。秀逸!みんな、大大大爆笑でした。

人ってこういう時にあーゆう行動、反応するんだ!という発見と感動で今日の仕込みは終わっていったのでした。

本番よりも緊張した笠井がお送りしました〜!

ぎゅっとピリッと、ぬれぎぬ仕上げて参ります。アマヤドリが送るロングラン公演、沢山の方に観ていただきたい。と、ただただ、願います。

『ぬれぎぬ』稽古場レポート - 3月24日

2014年3月は24日の月曜日、劇団アマヤドリ主宰の広田さんのご厚意で『ぬれぎぬ』の稽古場見学をさせていただきました。以下は、その稽古の一見学者の立場からのレポートです。

周知のように、アマヤドリ2014「悪と自由」三部作第一弾『ぬれぎぬ』は、劇団員のみのキャスト構成で、来月4月の1日~23日の期間、目白のシアター風姿花伝にてロングラン公演を予定しています。この日3月24日は、初日まであと8日、小屋入りまであと3日という稽古も大詰めの段階で、最近遅筆の汚名を返上しつつある広田さんの『ぬれぎぬ』脚本は先週完本済み、ほぼ実際の舞台に近いセットを組んでの立ち稽古で、13時から深夜まで上演に向けて完成度を高めるための稽古を、がしがし行なっていました。以下の写真は13時よりさらに早い11時に稽古場に来て、或るシーンの抜き稽古をしていた糸山和則さんと笠井里美さんのお二人です。13時を過ぎてもしばらくはこの二人のシーンの稽古をしつこくやっていました。
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さて、稽古の詳細をレポートする前に、『ぬれぎぬ』の脚本について少し書き記しておきます。というのも、見学者特権で公演前に完本した『ぬれぎぬ』を読むことができたのでした。さくっと断言します。傑作と言ってよいと思います。少なくとも自分が知っている広田淳一作品の中では、最良のものと感じます。『ぬれぎぬ』という平仮名4文字のタイトルから、昨年の“雨天決行”season.1 で上演された『うそつき』を連想される方もいらっしゃるかもしれませんが、少人数+ストイックな舞台装置という点で通底するところはありながらも、物語の複雑さ、人物の描き方の深さ、ダイアローグの繊細さ、場面設定の巧みさといった要素において、虚構のレベルとしては『ぬれぎぬ』の方が遥かに高い次元に達しています。しかもエピグラムに政治学者の丸山眞男の言葉が引かれているのが、まったく伊達ではない。『ぬれぎぬ』という作品および「悪と自由」三部作という副題に賭けられたテーマ性、そして同一の習慣や慣行や道徳を共有する共同体の中での「うち/よそ」の区別に基づくに過ぎない「セミパブリックな劇空間」(平田オリザ)に代わる、新たなトポス──「インディヴィデュアル/ソーシャルな劇空間」?──を構築しようとする広田さんの野心が、このエピグラムを必然のものとしている。私以外でこの日見学された方の中にも、「これ傑作でしょ」と口にしていた方がいました。私の価値判断のささやかな客観性を補強するため、その事実を書き添えておきます。

ただしテキストとして優れた戯曲が優れた舞台芸術へと昇華されるまでには、無視できない懸隔がある。それに、戯曲がマッシヴであればあるほど、役者への要求も比例して高度にならざるを得ない。実際、この日稽古を見学していても、まだまだ広田さんの規準では成立していないシーンが多々あるのだな、ということが伝わってきました。とくに抜き稽古においては、広田さんの頭の中のイメージと俳優の演技のニュアンスがズレる箇所では、かなりの時間を掛けて丁寧なダメ出しがつづけられます。
「『僕は誰も恨んではいません』──この科白の前後の重さが、ちょっと違うな。うーん、でもこれもまた難しい科白でさ、なんて言うんだろう……(考え込む)、ほんとに誰も恨んでないならこんなこと言う必要ないわけじゃん。だけどあえて言わなきゃいけない彼なりの歴史があるんだろう。『恨んでも仕方ないんだ。恨まないぞ』と自分に言い聞かせるための、『これは恨む筋合いのことではない』という整理が、彼にとって必要で、それはもうすでになされているわけだが、やはりこうやって『僕は誰も恨んではいません』と再び口にすることによって、それを更新しているわけだ。これを口にすること自体が彼にとって行為なんだ。事実として、単に放っておいてもいい状態として恨んでいないのではなく、むしろそのままだと恨んでしまいそうになるから、『恨もうとは思いません』と言っているわけで、この一言を言えるところに行くにはパワーが必要なはずだよ」。
「『いい思い出があるんですね』──うーん、難しいねこの辺りもね。……ちょっと優しく言い過ぎている。まあ前のシーンとのつながりで見ないと何とも言えないけれど、なんかちょっと優し過ぎるような気がするな。(考え込む)……優し過ぎるっていうか……うーん、甘やかしてるっていうか、相手を子供扱いするっていうニュアンスが乗り過ぎてる気がする。なんか、言うじゃん母親とか、『今日カナブン取ってきたんだぜ』って子供が自慢するのに対して、内心どうでもいいと思っていても『凄いねー』って。そういう感じになっちゃってるんだよね。もちろんそういう意味合いはあると思うんだけれど、今はそれに偏り過ぎちゃっている。もうちょっと相手を大人扱いした上での優しさだと良いかな。相手が傷ついていることは分かっているんだけど、それを見て見ぬ振りしてあげる優しさというか」。

とはいえ、脚本の中には、広田さんが直感で書いたためにまだ部分的にニュアンスを決め切っていない箇所もあるようです。そういう箇所では広田さんもダメ出しの最中でも長考し、リアルタイムに試行錯誤したり、俳優の意見を聞いたりしながら、やはりじっくりと時間を掛けて波長合わせをしていく。「難しいところだなー」「ここは考えていかなきゃならないところだなー」「うん、まあでも……うーん。そうだよなー……」。あるいは俳優からの問題提起を糸口に、広田さんも交えた全員での議論に自然に発展することもあります。「でも、なんか、いいですか? 感想言って。見てて、あたし的には……な感じを受けて、『無理じゃないですか、あれじゃ?』というふうな態度には見えないんです」「おっしゃっていることは分かるんだけれど……」「なんて言うんですか、今……ってやっているのが、……という態度につながってしまっている」「でも……って感じなのかな」「たぶん、彼がそういうふうに見えるっていうのは……」「さっき……って言ってたじゃん。それは間違いじゃないんだけれど……」「ああ、それはそうかもね。つまり……っていうことだよね」──基本的に議論をリードするのは広田さんではありますが、ともかく、その場にいる全員で闊達に発言しながら粘り強くテキストに向き合っていく。そういう時間帯が訪れることがしばしばです。以下の写真はキャスト総集合でミーティングの図。
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正直、見学していて、小屋入りまであと三日なのに、一つひとつの細部に時間掛け過ぎじゃないかしら?と心配したのは事実です(ちなみにそのことを広田さんにちょっと告げてみたところ、「いやーでも『月の剥がれる』の時なんか、今の段階でも何も無いみたいな状況だったからねー」とにこやかに笑いながら言い放ち、即座に榊菜津美さんに「広田さん、比較対象! 比較対象!」と突っ込まれておりました)。おそらく、約一ヵ月のロングラン公演ということもあり、公演初日に完成度をマックス近くまで持って行くことは目指していないのではないかと、私見ですが思いました。『ぬれぎぬ』という作品は、プレビュー期間を通じても日に日に大胆に研磨され変化していくものなのだろうと、あえて予想します。そして、こちらの方が重要な視点ですが、そもそも広田さんは演出家として、テキストのニュアンスを決め切らないことを全然怖れていないように思えます。動線の整理はばしばし裁断していくけれども、最終的には演技のかなりの部分を俳優に任せている。考え方のベクトルや指針だけを提示した上で、俳優自身の中から良いものが出て来た場合には、それを積極的に拾っていこうとしている。アマヤドリの稽古場の多様な意見の出易い雰囲気から、そんなふうなことを、感じます。なにせ一見学者に過ぎない私にさえ、「つまらないかどうか率直に言っていただいてかまわないですよ」と意見を振られたぐらいですから。直線的に均等に完成度を高めていくよりは、ポイントポイントで解釈を深化させ、それを俳優たちが曲線的につないでクオリティを高めて行こうとするのを後押しする。まあ広田さんの演出スタイルをそんなふうに表現できるかもしれません。

この日、ラストまではやりませんでしたが、19時からはフィックスした動線を確認するための通し稽古も行なわれました。そして22時までダメ出しとそれに基づくディスカッションを細かく重ねて、稽古は終了。「食事は暇になったときを見計らって各自勝手に採る」という取り決めで、休憩らしい休憩は一度きりの、総員フル稼働の一日でした。下の写真は壁際にぴったり位置取って俳優たちの演技を注視している、主宰・広田淳一。
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稽古場レポートは以上です。『ぬれぎぬ』の、テキスト=戯曲としての私の評価は上に書いたとおりですが、上演される作品としての『ぬれぎぬ』については、たった一日稽古場を見学しただけですから、軽率な評価を述べることは避けます。もとより、広田さんの演出の手管であった音響や詩的言語やノンバーバルな表現方法を、今作の上演ではかなり禁欲しています。したがって、本当に俳優の方々がテキストにどれだけ真摯に向き合い、いかに細部に神経を張り巡らせるかが、作品の出来不出来に直結することは間違いない。とにもかくにも、俳優のみなさまの奮闘と公演の無事をお祈りいたします。

なお以後、プレビュー期間中に広田さんにロング・インタビューを行ない、公演開始しての『ぬれぎぬ』ロングランについての見通しや、そもそも『ぬれぎぬ』という作品の本質について、さらには今後のアマヤドリの展望など、諸々伺ってみたいと思っています。そのインタビューもプレビュー期間後に公開予定ですので、ご期待ください。


→→→→追記:【ぬれぎぬ】広田淳一ロング・インタヴュー 

みなさまこんばんわ。
アマヤドリの中村です。
今日は衣装合わせの日でした。
衣装を着るとものすっごいテンションあがります。
今回はどんなのになるのか楽しみです!
いろんな候補服を自由に着ていきながら方向を定めていくのですが、
いやあ、榊のなっちゃんは何着ても可愛くてエロいね!
と思いながら眺めてました。
 そんななっちゃんを写真に撮れば良かったのに、、、
私とした事が本日の稽古場写真を撮り忘れる、っていう、ね、、、
てことで、私が去年の父の誕生日にデコレーションしたケーキ画像を載せてみます。
深い意味は無いです。
次回の稽古で素敵写真撮れたら差し替えるので本日はこの画像をお楽しみ下さい。

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こんにちは!

劇団員のこかどですっ。

18日後には公演初日を控えたみなさん、稽古してますっ(=゚ω゚)ノ
劇団の中村さんと渡邉さんが熱心に電車内でも台本についてあーでもないこーでもないしております。



わたくしといえば、
最近の稽古で思うのは「中村早香、超すごい」ということです。

早香さんは謙虚なのでこんなこと稽古場ブログに書いたら嫌がるかもしれないけど………。


台詞って、

「がんばって聞こうとしないと意味がわからない台詞」
「わざわざ聞こうとしなくてもよく意味がわかる台詞」
「がんばって聞こうとしてもよくわからない台詞」

とあるとおもうのですが、
早香さんの台詞はぼーっと聞いてても、すっごいよく意味がわかるんですよね。

いやはや、圧倒的です。


私、心底すげぇなって憧れてる俳優さん/女優さんが何人かいるのですけど、そのうちのひとり、まー日本で間違いなくトップレベルにいるな、という50代の俳優さんがいて。

その方の演技はまさに職人芸という感じで拝観する度に空いた口が塞がらなくなるのですが、
早香さんの歩んでいる道の先に、その方のいる世界がちゃんと存在してるなぁって感じて。


それは、とてもとても凄いことで。

その50代の方が素晴らしすぎて、そんなことを感じさせてくれる若い女優さんなんてほとんどいないから、
星の数ほどある東京の劇団のなかで中村早香という女優がいる劇団に居られる自分はほんとうにラッキーだなあと思う日々です。
って身内のことはこんなに褒めないものなのか?褒め過ぎか?
そうなのか?

まっいっか!



そんなことを考えながら、『ぬれぎぬ』、稽古がんばります!
今回はちょっと今までとも一味違ったホンになってますよ♪(完本しました!)
1ヶ月近くやるなんて今からドキドキです…っ


是非是非ご予約お待ちしております〜!



小角まや

 

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